おぎやはぎの誕生秘話が軽く泣ける


20140219_01_019

サラリーマン時代、上海勤務だった矢作さんがホームシックになって
小木さんに助けを求めたら数日後上海まで様子を見にきた小木さん。

矢作さんはいろんなことを小木さんに話したそうです。

そして、そのとき初めて小木さんに「芸人になりたい」と話したそうです。

その数日後、矢作さんは有休を使って、
小木さんと共に日本に帰国しました。

帰国後、矢作さんは上海に帰りたくないので有休を全部使って、小木さんと遊んでました。

小木さんは当時ディズニーランドに就職したばかりで
忙しかったらしいのですが、矢作さんが仕事場に来て、

ミッキーの中の人に「小木どこ?」とか聞くので、仕方なく
小木さんも仕事半分で矢作さんとゴルフ行ったり、ドライブしたり。

矢作さんは有休もほぼ使い切り、会社に戻ることに。

会社に帰った矢作さんは、上海から簡単には帰ってこられないようにと、
「上海支部長」の席が用意されてました。

未婚で仕事ができる矢作さんは会社にとって、
どうしてもぬけてほしくない人物だったようで。

悩んだ矢作さんは「もう上海には帰りたくない」と。

しかし、会社は「日本には君の席はない」と返事が。

矢作さんは、会社を辞めることを決意
会社をやめて、芸人になると小木さんに言った矢作さん。

「コンビ組むんだったら小木がいいけど、小木はどうなの?」

小木さんは「今、どうって言われてもね」と返事はいいものではありませんでした。

数日後、矢作さんは辞表を提出。
「芸人になります。ワガママばっかですいません」と挨拶したらしいです。

実際は芸人になるというのは口実で、その後は白紙だった矢作さん。

途方にくれてたときに小木さんからゴルフの誘いが。

車で迎えにきた小木さん。

そして、矢作さんが会社を辞めたということを言おうとしたら
「俺、ディズニーやめてきた。明日から毎日ゴルフできるよ」
と小木さん。

そして、矢作さんが「一緒にお笑いしない?」
「暇だし、なんにもすることないし、いいよ」

そして、今のおぎやはぎは誕生したそうです。

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