後悔しても後悔し切れない。自分勝手な男に振り回され、2度の中絶を経験した24歳のネットアイドル


5431493470_a8e684ecd5_b

言うことじゃないし黙って墓場までもっていこうと思ったけど、私が書くことで私と同じ過ちをしない人が増えるかもしれないから書きます。産婦人科の先生もできるだけ多くの大事なお友達にあなたと同じ過ちをしないよう教えてあげてといわれたので、人に話すべきことじゃないけど、書きたいと思います。

書いてブログも終わりにします。チャットも退会届けしました。これでネットから消えれるかな。これを告白することで死ぬほど批判されると思うけど私はそれだけのことをしてしまったからその覚悟で書きます。

最初の赤ちゃんはつわりがひどかったから男の子だったと思います。親に友達の家にいると嘘をついて短期の同棲していたときで、できたのが分かったときすごくうれしくて、憲二さんと一緒に喜びました。

憲二さんは結婚したかったから避妊しないって言ってたし私も結婚できると思ってた。避妊しない1ヶ月目はできなかったので、私は子どもできにくいのかなと思ったけど、2ヶ月目でできました。うれしかったな。今思えば結婚もしてないのにすごく浅はかだけど。

憲二さんと同棲するまではできちゃった結婚は絶対したくないと思ってたけど、憲二さんと一緒にいると、結婚よりはやく子どもが欲しいという気持ちになった。この人ならしわくちゃのおじいさんおばあさんになっても一緒にやっていけるって思ったからかな。子どもがいたら結婚反対されないと思ったからかな。

でも、結局親に反対されて生めなかった。絶対反対される秘密がすぐにばれてしまって・・。親は結婚は絶対許さないけど、生んで里子に出して立派な両親に育ててもらうこともできるって言ったけど、自分の子を他の人にあげるなんて絶対できないと思った。

世界で一番大切な妹が叫んで反対したことで、決意した。周りに反対されてる中生んでも、子どもは幸せになれないと思った。シングルマザーになる勇気もなかった。11週まで迷ったけど、11月2日に諦めた。子どもを諦めるならなにかその子に恥じないように頑張りたいと思ってオーストラリアに行って頑張る決意をした。

次の赤ちゃんはきちんと生める環境が整ってからって決めてたのに・・・。つい最近のこと。オーストラリアからこっそり帰ってきたのが5月中頃で。授かったのは7月。避妊が甘かった。いわゆる外に出すと言う避妊方法らしく、私は何度ももっと確実な方法を頼んだけど、結局はコントロールできると言う憲二さんを信じた。彼も完璧にそれが避妊と思っていたみたいだった。

妊娠したかもといった時、愛美ちゃんは妊娠してないよ、と強く言い切っていたから。でも付き合い始めの頃は、もっと確実な方法を取ってくれてたのに。それは全然避妊じゃなかった。なんでこんなことに。。前回犠牲にまでした命から何も学んでなかったなんて。なんて私はバカなんだろう。

その子は女の子だと思う。名前は○○由佳理ちゃん。アナウンサーの名前。産めないと分かっていても授かったことがうれしくて、前の子が戻ってきてくれたに違いないと思って、最初は生むと言っていたけど、前と何も状況が変わってないのに生めないことは頭のどこかで分かっていた。

1週間家出をして憲二さんと話し合った。経済的に無理だから僕の実家で暮らせば親がなんとかしてくれるし貯金も数百万ある、と憲二さんは言ったけど、親に頼ろうとしてるのはおかしいし、貯金はすぐなくなるだろう、知らない地で暮らすのはとても不安だと思った。

保育所に預けて私自身の働き口が見つかるかも不安があった。会社をすぐやめた根性のない私が働けるのか自身がなかった。

家出を終えて、父と妹がすごく心配してカウンセラーにまで相談してくれていたことを知って、家族を裏切れないと思って、親には言わず、今回も諦めることを決意した。つわりをばれないようにするのが大変だった。

中絶する前の日、由佳理ちゃんに謝りながら鼻水と涙でぐちゃぐちゃになってしまったけど、4枚の手紙を書いた。憲二さんにもお願いして、手紙を書いてきてもらった。憲二さんは手紙に、これで僕たちが別れたら君とお兄さんかお姉さんはいなくなってしまうことになるから別れないよと書いてあって泣いてしまった。

手術のことを書こうと思う。8月19日。9週だった。病院に行きたくないと言って、マックで大泣きして憲二さんがひっぱっても、椅子から離れるまいと動かなかったけど、ずっと座ってるわけにはいかず。

病院について、血液検査の結果の問題もなく、手術室へ。子どもに宛てて書いた二人分の手紙を可愛いお魚の封筒に入れて握り締めて受けることを許可してもらった。点滴をして眠くなるお薬を入れられるが涙が止まらなかった。薬に負けず起きてようと目を見開いていた。

気づいたのが自分の泣き叫んでいる声。なんで泣き叫んでいるのか頭がボーっとして状況が理解できない。看護婦さんの「あなたはてんかんでもあるの?もう手術は終わったの分からないの?!」という一言で小さな命を消してしまったことに気づき、2回目なんです、本当は生みたかった、と叫んで気づいたら病院のベットの上だった。

他の人が不安になるから泣かないでと看護婦さんに言われたけど止められなく、いろんな人に泣きながら電話をかけていたのを覚えている。バイトで忙しい彼は付き添いと退院のお迎えは無理だと言っていたけど、共通の友人の鈴木さんの鶴の一声で考えを変えてくれて、バイトの合間を縫って付き添い、打ち上げを休んで迎えに来てくれた。

来てくれなかったら富士山にバスで行こうとなぜか思っていた。富士山が好きだから。

産婦人科の院長には、避妊は男性任せにするべきでないと教わり、海外では女性がほとんどピルを飲んでいて、ピル+ゴムしか避妊と言わないんだよ、と言われた。ゴムをつけないと子宮頸がんというのにかかりやすくなるらしい。

ピルはパートナーがいない時でも飲み続けたほうが女性の体にはいいらしく、ピルは危険というのは日本人の間違った考え方だと教えてくれた。なぜ日本人はそんな考えなのかと言うとほとんど起こらない副作用の噂ばかり広めている政府が悪いといっていた。

一生のうち中絶を経験する女性は日本では3割にのぼり、ビジネスになってるから真実が浸透してないんだよと言われてショックだった。そんなにたくさん経験する人がいるとは思えないし、院長は大げさに言ったのかもしれない。

でも、これを読んでる女性の人にそういう説もあるんだと知って欲しいと思った。

ネットで憶測で事実を言われてつらかった。中絶。。そんなことするやつは人間じゃない。。4ね。そんな文字がたくさん流れてその通りだと思った。事実だから、私は殺人を犯したから。しかも二度も。かわいそうな赤ちゃん。せっかくやってきてくれたのに。

赤ちゃんは中絶されるとき逃げる映像を見て死にたくなった。でも、赤ちゃんは生きたかったのに死んだ。殺した。子どもが大好きだったのに、子どもを見ると辛くなってしまう。どうしても生んであげられなかったのかな。生んだら幸せになる可能性だってあったのに。

生みたかった。でも私は殺してしまった。何でこんなことがあってすぐ放送できるのか怒りがこみ上げてひどいことを憲二さんに言って、やつあたりして傷つけてしまった。

子どもがお腹にいたときは不思議とよく知らない子どもが寄ってきて、足にしがみついてきたり可愛い笑顔でずっとついてきたり。あれは生んで欲しいという子どもの思いだったのかなと今でも思う。

悲しいけど絶対に忘れてはいけない犠牲になった二つの命。天国に行ってくれてるといいな。それか、私を呪ってでもいいからそばにいて欲しいと思う。

私には幸せになる権利なんかなく、どうしたらいいか分からない。赤ちゃんは痛い思いをするか手術前に先生にきたら、それはないよ、と言っていたけど嘘だったと思う。だってあんなひどい目にあうのに。後悔しても後悔し切れない・・・。これからが見えない。

このことを書くかどうか迷ったのは、いまブログに乗せるか迷っているのは、これを書いたことですぐにお父さんに知れ渡ってしまうから。苦しめてしまうから。今朝書いたブログももう読んでいたおとうさん。でもここに書かずにいられなかった。

お父さんは絶対怒りの矛先を憲二さんに向けてすぐに別れろと言うと思うけど、前回の妊娠ことで憲二さんの顔も見たくないといっているお父さん・・・。まさか2度目なんて思ってもないと思う。

悪いのは私も同じだからどうかこの話題にしばらく触れないで欲しいし、別れろといわないで欲しい。。というのはわがままかもしれないけど、この罪はしばらくは二人で償っていきたいと思う。私の気持ちの整理がつかないから。お父さん分かってね、今までどおり普通に接してね。

残酷なものでこれを書いて、私の気持ちは少し落ち着いている。皆に話して楽になったのかな。ひどい話だね。

「恋人」の人気記事はこちら

過去の記事を全て一気に読みたい

全記事一覧はこちら

Facebookでファンを募集しています。

いいね!を押して頂けると、今悩んでいる人にあなたのメッセージがそれとなく伝わります。

コメント

  • トラックバックは利用できません。
  • コメント (0)
  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


カテゴリー

ページ上部へ戻る